禁欲したらおかしくなるパターン

禁欲はいつでも最高の方法なのか?

今までの宗教の多くで、また修行や自己実現のため、
禁欲することが進められてきた。

しかし、欲が無さすぎると、変な霊につけ込まれるパターンがある。

太陽は欲がないようだが、常に光っている。偉大な存在である。
しかし人間がヘタに禁欲をやると、石になる。
石は自分から何もしないが子供に蹴っ飛ばされる。また投げれば建物のガラスは割れる。
同じようにヘタに無欲になるとポリシーがなく、悪しき霊につけこまれる。
自分からは何もしない=無欲の解釈によっては悪しき霊からの防衛もしないことになる。
調子に乗せられて変なことをたくさんする。

禁欲をやめると、なんと自分でモノを考えられるようになる。
自分から、好きなことやいいことがいっぱいでき、悪いことを食い止められる。
欲を出そう。しかし欲を増長してはならないだろう。

古今東西の宗教に共通する教えであっても足りないところはある。それが分かってきたのが現代。
うのみにしないこと。

喜びを忘れ 四六時中勉強すればいいのか?

どうやら、そうでもないようだ。
そもそも勉強も後で自分や自分の仕事でみんなが楽に暮らせるようになるためのものであって、
喜びにつながるものだ。
勉強やしつけなどで喜びを禁じると大変なことになる。
常に苦しみを選んでは達成感も禁じている。
人間は常に記憶し続け、それを繰り返すために生きているのではない。それは生命ではない。
人からの愛もいらない、食事もぞんざいでいい、ロボットになるのか。心が枯れてしまったら廃人になるだろう。
さらに全く新しい発想がなくなっていくだろう。
全く性格や行動のドウシヨウもない人間が大発明をやって、世の中を変えるのは生命だからだ。
その発明家とはすなわちエジソンやスティーブ・ジョブズ、科学者とはニュートンのことなのだ。
喜びを求めなくなるということは生命にとって異常事態だと思うべきかもしれない。

禁欲があちこちで進められる意味とは

つまり、人間をコントロールしたい勢力が、ロボットを増やすために、
本来わがままな心を穏やかに今のままで幸せになるための禁欲の教えを
自分からは何も求めないで、従うことだけを教育するように捻じ曲げて伝えてある。
例えば腐ったカルト宗教や、おかしな先生をやめさせない学校、ブラック企業が怪しい。
これを親がやっているときは、「毒親」で検索することをお勧めする。現代ではありえないことはないそうである。
それから自分の本当の主張をぶっ散らかすのも重要になることがあるそうである。

  • 最終更新:2017-04-24 20:53:27

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